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Xiborg編|アスリート用義足の仮説検証に、チームで挑む。2020年に向けた義足製作プロジェクト

「パラアスリートが健常者を超える」。そんな目標を掲げて、義足の製作を行っている株式会社Xiborg。そして、製作のパートナーとして義足の素材となるカーボンの板バネを手がける、東レ・カーボンマジック株式会社。

 

 

前回、meviyスタッフは板バネ製作の現場を見るため、滋賀県の東レ・カーボンマジック株式会社を訪れました。そこで目にしたのは、東レ・カーボンマジックさんのカーボン素材の可能性を広げていこうというフロンティアスピリッツでした。

 

そんな東レ・カーボンマジックがその技術を集結させて製作したカーボン素材の板バネですが、実際の場面では、どのように使われているのでしょうか?

 

 

板バネが使われている様子を実際に見たい! ……ということで、meviyスタッフ進藤と神田は新豊洲 Brillia ランニングスタジアムに足を運びました。

 

 

「義足の現場」を求め、Xiborg社へ

 

新豊洲 Brillia ランニングスタジアムは、東京都の新豊洲にある60mの陸上用トラックが整備された運動施設。トラックの真横にはXiborgの研究室が設置されています。東レ・カーボンマジックで製作された義足用の板バネは、ここで各選手の手に渡り、それぞれに合わせた最終調整が行われているのです。

 

 

こちらが、東レ・カーボンマジックも携わっているXiborg社製の義足です。左が旧デザイン、右のきれいな「くの字」になっているのが新デザインの義足。新デザイン義足に対するリアクションが想像以上に良かったのだそう。

 

 

そんな新豊洲 Brillia ランニングスタジアムの中には同じくXiborgが運営する「ギソクの図書館」が併設されています。これは、日常生活で義足を使いながらも、アスリート用の板バネを履いたことが無い人に向けた「板バネ義足の試し履き」ができる施設です。

 

 

取材中にも板バネ義足を装着して汗を流すランナーの姿を見ることができました。

 

多方向に活動を広げていくため、パラアスリート、健常者アスリートはもちろん、様々な企業と提携しながらプロジェクトを拡大していくXiborg。その最終的な目標は「パラアスリートが、健常者を超える」ことだそう。

 

▲ 株式会社Xiborg 代表取締役 遠藤謙さん。

 

現在行っている研究と、東レ・カーボンマジックとの取り組みについて、代表の遠藤謙さんにお話を伺いました。

「運と偶然」で始まった、東レ・カーボンマジックとの協業

東レ・カーボンマジックさんとの協業はどのような経緯でスタートしたのでしょうか?

 

板バネ型義足を作る技術が、我々に全くと言っていいほど無かったからです。カーボン素材を使うのって本当に難しいんですよ。

 

東レ・カーボンマジックさんにも伺いましたが、やはりそこで苦労してらっしゃったんですね。

 

別の会社さんに協力してもらったこともあったんですが、やはり板バネ型義足はその他のカーボン製品とは勝手が違っていて……。形状や積層構成を決めたり、厚みを計算したり、見よう見まねでやっていたんですが、どうしても上手く行きませんでした。

 

そうして苦労されている中で、どのような経緯で東レ・カーボンマジックさんにお願いするようになったのでしょう?

 

それは、本当にタイミングと運のおかげです。僕がふだん所属しているソニーコンピュータサイエンス研究所の上司に紹介してもらった「友達」が、なんと東レさんの副社長だったんです。これ以上のチャンスは無いと思い、なんとかお願いしてXiborgの取り組みについてプレゼンをする機会をもらいました。その結果、すごくスムーズに東レ・カーボンマジックさんとの協業がスタートしたんです。

 

本当に、偶然のめぐり合わせだったんですね……。

 

健常者と同じ生活を、卒なくこなせるように

Xiborgさんは、アスリート用義足の他に「サイボーグ義足」という別の義足も作っていますよね。「サイボーグ」というくらいですから、こちらも人間の体を超える機能を持つ義足なのでしょうか?

 

サイボーグ義足は、膝の部分がモーターになっているような、僕が大学時代から研究をしているロボット技術を利用した義足です。
人間の筋肉と機械のモーターの特性はかなり異なっていて、現時点で人間以上の動作を行うのはなかなか難しいんです。まずは「健常者と同じ生活をそつなくこなせるように」というイメージですね。障がいを持つ方が社会に対して感じている障壁を取り除くためには、日常生活をスムーズに行えるようになることが第一歩です。

 

その「障壁」とはどのようなものなのですか?

 

例えば、義足を付けている人は階段を登るとき、足を一段上げ、同じ段に足を持ち上げ……と、一段一段登っていきます。駅の階段でそれをやっている人がいると、健常者はどうしても、チラっと見てしまうんです

これは「自分と違うものを意識してしまう」という人間の本能で、対象へ差別意識を持っていなくても反射的にやってしまうものです。しかし、健常者がこのような違和感を抱いてしまう限り、障がいを持つ方が感じる障壁は、障壁のままであり続けるんじゃないかな、と。

 

なるほど、まずはそこを取り払わなければいけない、ということなんですね。

 

今、街中で眼鏡をかけている人を目にしても、特別意識することは無いですよね。でも、元々は眼鏡も落ちた視力を矯正してハンディキャップを克服することが目的の道具です。義足も、将来的には目に止まっても全く気にならない存在になっていくのが理想なんだと思います。

 

ではいったん本題に立ち戻って、サイボーグ義足と並行して着手されているアスリート用義足は、どういった理由で取り組まれているのでしょうか?

それは、かっこいいからですね

 

かなり意外な答えに驚きました……!

 

街中を歩いていて義足の人を目にすると、多くの人はどうしても、彼らを「助けてあげなければいけない」対象として見てしまいます。逆に、「障がい者がかっこいい」と思えることってなかなか少ないと思うんです。でも、義足を付けて健常者アスリートよりも早く走るパラアスリートが現れたら、その価値観がひっくり返って、「かっこいい」と感じることがあるんじゃないかと思うんです

 

確かに、世の中に与えるインパクトは大きいと思います。

 

自分がなにかアクションを起こす時、「これを目にしたら、社会はどう反応するかな」とよく考えているんです。義足を付けて健常者よりも早く走るアスリートが登場したときに社会がどうリアクションをするのか……、それを見るのが楽しみなんですよね。

 

「走って、風を感じる」ことの価値

この新豊洲のスタジアムには、一緒にアスリート用義足の体験施設「ギソクの図書館」も併設されていますよね。こちらは、どのような施設なのでしょうか?

▲「ギソクの図書館」では、他社製の大小様々な義足が用意されている。写真は、子ども用の小さいサイズの義足。

多くの方が勘違いしているんですけど、スポーツ用義足は、アスリートのためだけのものじゃないんですよ。本気で陸上競技に取り組んでいる人でなくても、板バネを履いて走っても良いはずなんです。

 

確かに、私の中でも板バネの義足はプロアスリートのもの、というイメージがありました。走ることは誰もができる動きのはずなのに……。

 

一般的な日常用義足を使っている人の中でも「走る用」の義足を持っている人はごく一部で、そもそも試してみたことすら無い人もたくさんいます。そこで、アスリート以外の人も板バネを履いてみることができるよう、この場を立ち上げたました。普段から義足を付けて生活している人が、競技用の義足で走る機会を提供するのが目的です。

 

恐らく、この場で競技用の義足を初めて付けて走った、という人も多いのではないかと思います。そんな方からはどういった反応がありますか?

 

いろいろな感想がありますよ。「軽くて楽しい」とか、「跳ねる」とか、「風を感じる」とか。

 

感想としてはとてもシンプルですが、それが新鮮な喜びなんですね。

 

▲ 取材当日、ランニングスタジアムで汗を流していた義足ランナーのカネコさん(写真左)。カネコさんが初めて板バネの義足を履いたときは、「楽しくてずっと走っていた」とのこと。

 

健常者は「走る」という動作も「走って風を感じる」という経験も当たり前のものとして受け入れていますが、義足を使っている人にとってはそれが当たり前じゃないんですよね。ギソクの図書館は、そうした固定概念を取り払って、誰もが新鮮な義足体験ができる場所にしていければと思っています。

 

「仮説検証のためには、チームが必要不可欠」

これから2020年のパラリンピックに向けて、義足のさらなる調整と仕上げが必要になってくると思います。そうした中で、最も難しいのはどのようなポイントなのでしょうか?

 

スポーツって、答えがないんですよ。例えば、「世界一早いランナーがもっと早く走るためには?」という問いに対して、明確な答えを出せる人はいません。もちろん、スピードが出せてパワーのロスが少ない「理想の走り方」というのはあっても、体のバランスや筋肉には個人差があるので、それが全てのランナーに適用できるわけではないんです。

 

なるほど。そこに人が作ったものとして義足が入ってくると、さらに難しくなりそうです。

 

そこでXiborgは、「こうするともっと早く走れるのでは」という仮説を作って検証していく、という方法で、その答えを見つけようとしています。そのためには、仮説検証を行うためのチームを組むことがとても大切なんです。

体制づくり、ということでしょうか?

 

そうですね。僕は実際に義足を履いて走ることはできないので、パラアスリートとチームを組んでプロジェクトをスタートさせました。その後は、陸上競技に精通した人をチームに招き、義足のさらに細かいチューニングのためスポーツ用品メーカーに声をかけるなど、自分で解決できない部分を協力してくれる人や企業に声をかけて解決してきました東レ・カーボンマジックさんも、そこで協力してくれた会社さんの一つなんですよ。

 

パートナーとして、心強い会社さんですよね。

 


本当にそうです。東レ・カーボンマジックは、新しいテーマが来たらとにかくチャレンジしてみよう、というスピリットがある会社です。そういう会社と一緒に仕事ができて、新しいものを作ろうとするたびに声をかけあえるのは、本当に僕たちの強みになっていると思いますね。

 

なるほど。2020年に向けて、皆さんの新しい動きを楽しみにしています。本日はありがとうございました!

まとめ

2020年のオリンピック・パラリンピックに向けて盛り上がりを見せる日本。ものづくりの世界も例外ではなく、多くの企業とアスリートが手を組んで、たくさんのワクワクする取り組みが行われているんですね。東レ・カーボンマジックもXiborgも、2020年を視野に入れつつも、さらに「その先」を見越したビジョンを持って活動を行っている姿が印象的でした。

 

さらに広いフィールドでのカーボン素材活用も義足製作の取り組みも、「2020年の目標」だけで終わるのではなく、さらにその先を見据えて継続していきたいもの。meviyブログは、これからも両社の活動を追いかけていければと思っています。

 

(ノオト/伊藤駿)

【取材協力】

株式会社Xiborg

 

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