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3000種以上の工具が並ぶ空間に圧倒! 国内トップシェアの工具メーカー・京都機械工具の本社に行ってきた


製造業に関わる人のみならず、誰もが一度は使ったことがあるはずの「工具」。ネジを回すドライバーや、釘を打ち込むハンマーなど、私たちの生活になじみ深いものになっています。しかし、普段当たり前のように使っている工具ですが、実際にどのように製造されているのか考えたことのある人は少ないのではないでしょうか。

 

京都・久御山町に本社を構える京都機械工具(KTC)さんはアイテム数と生産量ともに国内トップシェアを誇る工具メーカー。自社で工具素材に対する塑性加工(成形)からメッキ加工までの一貫生産体制を持ち、その品質の高さにユーザーから多くの支持を集めています。

 

そんなKTCは、工具の製造販売だけでなく、その魅力や裏側を伝える活動も積極的に行っています。その拠点となっているのが、社内に開設された「KTCものづくり技術館」や、工具のメンテナンスなどのユーザーサポートを目的とした「KTC 匠工房」。そのほか、工具の生産工場の見学ツアーも開催するなど、一般来場者に向けた工具に関する情報発信を積極的におこなっているのです。

 

 

今回はそんな噂を聞きつけ、meviyスタッフの進藤と神田が京都機械工具さんの本社を訪れました。

 

さまざまなツールが並ぶ「KTCものづくり技術館」

中に足を踏み入れると壁面にはさまざまな工具がずらりと並んでいます。その数はなんと3,000点以上。いつもよく目にしているものから、何に使うのかわからないものまで、工具にここまでたくさんの種類があるとは驚かされました。

 

京都機械工具総務部部長の竹内昇さんにさっそく館内を案内していただきました。

 

KTCものづくり技術館は2003年に顧客とのコミュニケーションと情報交換を目的にオープンし、今年で16年目を迎えました。現在では工業高校の修学旅行先としても選ばれるなど認知も拡大し、年間で6,000人ほどの見学者を受け付けているそう。売店では工具にちなんだグッズの販売も。

 

館内にはオープンガレージが設置され、実際にKTCの社員さんが工具を使って整備している様子を見学することができます。このガレージでは工具を使った車の整備体験といったワークショップなど、工具をより身近に感じることができる幅広いアクティビティがおこなわれています。

 

竹内さんは「お客さんが自分の車がきちんと整備点検されていることを確認できるように、”魅せる整備”を意識して、あえて壁をガラス張りにして見通しをよくしています。自社の販売店様や代理店様に来てもらい、テストキッチンのように工具の体験実習をするなど多目的に活用しています」と話してくれました。

 

こちらは進化系デジタルトルクツール「デジラチェ」のブース。これまでボルトやナットは適切な締め具合の判断が作業者に委ねられていたため、トルク管理が十分に徹底されていない状況でした。そのため、使用途中で部品が外れてしまうなど重大な事故を引き起こすおそれがあったのです。

 

2005年に誕生したデジラチェはどれくらいの力でネジを締めたかのトルク値をデジタル化し、現場の保全管理を数字で管理できるようになりました。その上位機である2012年発売の「デジラチェ[メモルク]」は、これまでのデジラチェに作業履歴の管理機能を追加し、いつ、どれくらいの力でネジを締めたかなどの記録をPCに転送し、現場の安全管理をよりスムーズにしました。

そんなデジラチェを、meviyスタッフも使わせていただくことに。

 

デジラチェを回すと、手元の目盛り部分に今どれくらいの力で締めているのかが表示されます。そして設定した値が目印になるので、締め過ぎや緩みすぎを防ぐことができるのです。設定トルクを数値表示と光と音で知らせてくれるので、作業に不慣れな初心者でも適切なトルク管理が可能になります

 

「デジラチェを開発するにあたり、工具メーカーとしてプロの皆さまに満足してもらうために、トルク管理と工具メーカーだからこそできる作業支援について徹底的に考えました。普通の工具では価格面だけ比較すれば外国製の製品に負けてしまいますが、こうして新たな付加価値をつけることによって、KTCの工具ならではの独自性を追究しつつ、ユーザーの皆さんからも満足の声をいただいています」(竹内さん)

 

こちらは、自動車メンテナンスのプロメカニック等の工具にこだわりを持った方々に向けて開発された最高級ハンドツール「nepros(ネプロス)」。F1レースや二輪レースをはじめとしたさまざまなレース競技のメカニックチームに採用され、プロの第一線で活躍している工具です。写真はメタリックブルーの「鉄紺」シリーズ。限定カラーなどカラーリングを多数取りそろえており、コレクション性を高めています。

 

「ネプロスは我々が考える理想の工具を具現化したものです。この工具を持ったら確実に作業がスムーズになる、それでいて、ネプロスを持つことがステータスになってほしいという思いを込めて1995年に発売しました」と竹内さん。

 

2018年8月にはネプロスの魅力を全方位から体感できる「nepros museum 360°(ネプロスミュージアムサンロクマル)」を館内に新設しています。ミュージアムは「ネプロスを全身で感じる(感性)ライブ空間」をコンセプトに設計され、6つに分かれたゾーンを通じてネプロスの魅力をたっぷり堪能することができます。

 

meviyスタッフがグッときたポイントは、ラチェットハンドルになっているネプロスミュージアムのドアノブ。工具が未知の世界への扉を開いてくれる……ということなのでしょうか。

 

ドアをくぐり、ネプロスミュージアム内に足を踏み入れると暗闇にほのかに明かりが灯る純和風の長廊下が登場します。京都の雰囲気を生かしつつ、俗世間(その他のKTCブランド品の展示空間)と離れた異次元の感覚を味わえるように内装を工夫しているのだそう。

 

こちらは360度全方位をネプロスに囲まれたコーナー。壁面に並ぶピカピカに磨き上げられた工具からは、実用的でありながらアクセサリーのようなラグジュアリーな雰囲気が漂ってきます。見た目も機能性も究極まで突き詰められたネプロス。ユーザーへの入念なヒアリングを重ね、最高の工具を作り上げるために「従来のJIS規格では実現できない」と新たな独自の規格を開発するなど、ユーザーに喜んでもらうために並々ならぬ情熱が注がれているのです。

 

ミュージアム内にはT型レンチを使ってボルトの締め・緩めを体感できるブースも設置されていました。実際に体験したところ、手に吸い付くように滑らかな触り心地にまず驚きました。レンチを回すと軸がまったくブレず驚くほどスムーズにボルトを回すことができます。他の工具も、ハンドルの内部を中抜きして重量を軽くするなど、加工の手間を惜しまない設計がなされており、その徹底的にユーザーの使い勝手を考え抜いた工具作りの熱意には脱帽です。

 

合言葉は「3つのC」 KTC匠工房

赤い工具箱の形が特徴的なこちらの建物は「KTC 匠工房」。購入前の工具の選び方や購入後の工具のアフターサポート、メンテナンスや修理を受け付けています。

外観はKTCの両開きメタルケースをモチーフに、コーポレートカラーの赤を壁面に取り入れています。下からは見えませんが、屋根の上には取っ手が付けられ、上空からでも見えるようにKTCのロゴがデザインされているというこだわりよう!

 

匠工房の合言葉は「3つのC」。まずお客さんと相談して、目的にあった最適な工具を提案する「Consulting(コンサルティング)」、製品の修理や、製品を長持ちさせるお手入れ法などのアドバイスをする「Counseling(カウンセリング)」、実際に対話しながらユーザーの使い良さを最優先に考える「Communication(コミュニケーション)」。この3つでお客さんをサポートしています。

施設内では熟練の職人たちが工具の修理をおこなっていました。この施設で働く職人たちは全員がKTCに40年以上勤めた大ベテラン。長年の現場経験で培った技術をユーザーサポートに生かしているのです。工房内には修理室のほか、部品をストックする倉庫や計測機器の精度をチェックするための計測室などが設置されています。

 

竹内さんは「工具のメンテナンスや修理は昔から工場の片隅でやっていたのですが、もっと本格的にやろうということで工房を開設しました。まずお客さんが気になる修理日数も統計データを取ってすぐに答えられる体制を構築し、部品もコンピューター管理ですぐに対応できるようなサポート体制を取っています。これには『売りっぱなしで終わるのではなく、最後まで面倒を見ますよ』という我々の思いを込めているんですよ」と説明してくれました。

 

臨場感ばつぐん! 工具工場見学

ミュージアム施設見学のあとは、実際に工具を作っている工場を見学させてもらいました。KTCさんは鍛造からメッキ加工まで、すべて自社でおこなう一貫生産体制を取っているのが大きな特徴です

 

こちらが熱間鍛造工程。加熱した鋼材を鍛造機の金型にセットし、2トンハンマーで鋼材を打ち付けます。そこにかかる力はなんと約2000トン。巨大な鍛造機が工場内にガコーンと大きな音を響かせていました。

 

(写真提供:京都機械工具)

お次は常温の環境下で金属に圧力を加えて成形を行なう冷間鍛造。熱間鍛造に比べ、より精度が高いものを生産することが可能です。ネプロスもこちらの工程で生産されているそう。熱間鍛造、冷間鍛造ともに、鍛造で出来た余計な部分(バリ)を抜く、又は切削削除する工程が入ります。

 

こちらは鍛造した製品の硬度をさらに高めていくための焼入れ工程の様子です。ここで900度ほどで加熱した後は、製品をオイルの中に入れて急冷する作業を行います。焼入れした製品は硬い半面、脆さが残っているため、焼入れした工具を400度ほどで再び加熱して冷やす「焼戻し」を行います。そうすることで固くて粘り強い工具が出来上がるのです。

 

ゴゴゴと音を立てながら動いていたのはバレル研磨機。つやつやした白い塊は、研磨用のセラミックスです。工具の表面を磨き、酸化被膜を剥がすとともに手触りをよくしています。

 

研磨したあとは金属のサビを防ぎ、表面を美しくするメッキ加工を施します。半光沢ニッケル、光沢ニッケル、クロムの3種のメッキ液につけて、耐腐食性、耐摩耗性を高めています。工程の写真はお見せできないのですが、かなり手間がかかるメッキ工程まで自社でやってしまうなんてすごい!

 

製造工程を終えたあとは品質検査を経て、製品を出荷します。普段目にする工具がここまでたくさんの工程で作り上げられているとは思いもよりませんでした。

 

その他の設備もご案内いただきました。こちらは樹脂製品の射出成形用金型。KTCさんは製品の金型設計も自社でおこなっており、工具づくりに余念がありません。まさか金型まで作っていたとは……!

 

傍らには金型をメンテナンスするための工具類が並べられていました。金型に関わる人にとってはなじみのある工具なのではないでしょうか。

 

こちらは社員の勉強の場所や教育の場にもなっている「みんなの安全ラボ」です。過去の事故事例を模擬体験することで、労働災害を未然に防ぐ啓蒙活動をしています。

 

ここではボール盤の巻き込まれ事故を再現していました。ボール盤で作業するときは軍手の使用はもってのほか。軍手の繊維がドリルに巻き込まれると重篤な事故につながってしまいます。絶対に事故を起こすまいと身の引き締まる展示でした。

 

「今まではこれは絶対ダメという言葉だけの説明にとどまっていましたが、それでは不十分だということでこうした施設を作りました。事故の衝撃を実際に目の当たりにしてもらうことで、」安全意識をいっそう強めてもらえたらという思いがあります」(竹内さん)

 

作れば売れる時代から、密なコミュニケーションが必要な時代に

ミュージアムから工場見学まで盛りだくさんのKTCさん。工具への思いや、これから目指すものは何か、お話を伺いました。

ご案内いただきありがとうございました! そもそもKTCさんはどのような歴史があるのか教えていただけますか?
弊社は染色機械や、軍需産業として戦闘機整備用の工具の生産を行っていた京都機械という会社を前身に1950年に創業しました。もともと軍に納入する工具を作っていたので、創業してすぐにトヨタ自動車の車載工具として採用され、モータリゼーションとともに会社が大きくなっていきました。
確かに車と工具は密接な関わりがありますからね。
そうしてずっと工具を作っていたのですが、2000年頃からアジア諸国から安価な工具が、また一方では欧米から高級な工具が輸入販売されるようになりました。一方国内の工具メーカーの品質レベルも向上するなど、業界ではシェアの奪い合いが始まりました。今思えば、これが弊社のひとつの転機でした。
作れば売れるという時代はもう終わった、と。

 

そういうことですね。そこで我々は価格競争ではなく、お客さんが何を求めているのかを第一に考え始めました。これから生き残るためにはユーザーとしっかりコミュニケーションを図り、お互いの情報共有が不可欠です。ハイグレード工具のネプロスや進化系デジタルトルクツールであるデジラチェはユーザーのニーズに応えた結果として生まれた工具です。
ものづくり技術館に来るまで、こんなに工具が進化しているとは知りませんでした。一般の人にとっても、工具について深く学べる施設の存在は貴重ですよね。
ここには、社会見学の学生や外国からの技術研修者まで、幅広いお客さんがいらっしゃいます。旋盤加工や鍛造などを目の前で見ることができるので迫力はあるのかもしれませんね。今のうちにKTCの魅力を伝えておいて、「工具といえばKTC」と思ってもらえばこんなに嬉しいことはありません。

(写真提供:京都機械工具)

 

弊社はラジコン用の専用工具も出しているので、総合模型メーカーのタミヤさんとコラボしてラジコンの組み立てワークショップなども開催しています。製造業に関わる人だけでなく、一般の方にも間口を広げています。
たしかに家具やおもちゃを組み立てるときに工具を使いますもんね。一般の人からしてみれば工具は遠いもののように感じてしまいますが、案外すごく密接な存在なのかもしれません。
工具はその特徴を知るともっと楽しめますよ。これはスパナレンチですが、なぜ先端が曲がっているかご存じですか?
そんなの考えたこともなかったですね……。いったいどうしてなんでしょう?

KTCホームページより引用)

 

もしこのスパナがまっすぐだったら、時計回りにネジを回し、一度ネジからスパナを離して再度回そうとしたとき、ネジにスパナを差し込むためには60度、反時計回りにスパナを戻す必要があります。この動きは、広いスペースであれば大丈夫でも、狭いスペースだとスパナを差し込めなくなってしまうんですよ。しかし、このように15度曲がっていると、狭いところでもスパナを裏返せばスパナを無理なく差し込めるようになる。裏表を交互に使うことで狭い作業空間に取り付けられたネジも締め緩めすることができるんです。
初めて知りました! ちゃんと理由があって曲がっていたんですね。
他にもドライバーでネジを回すとき強く押し込みながら回すとネジの頭を傷めずに回せるなど、工具をちょっと上手に使う豆知識って、皆さんが知っている以上にたくさんあります。そういうことひとつとっても工具ってすごく面白いんですよ。
すごく楽しそうに話されますよね。竹内さんの考える工具の魅力ってどんなところですか?

 

自分の知らない世界を教えてくれるところですね。私はKTCに勤めてもう35年ほどですが、小さい頃から工具で色々なものを分解して中の構造を見るのが好きでした。分解して修理して、「この製品ってこういう風にできてるのか!」と新しい気づきを得たり。そういう意味で、工具はものづくりの原体験を味わわせてくれる鍵のようなものだと思います。
ありがとうございます! 最後にKTCの今後の展望をお聞かせいただければ。
工具の「工」は”何かをつくる”、「具」は何かをするために使うもの。その「何か」とは、豊かな社会を作ることなんだと我々は思っています。豊かな社会を作るために、工具があるんです。「工具を作り社会に貢献する」という創業者の熱い想いを受け継ぎ、工具を通じて社会を豊かさをお届けしていく、それに尽きますね。

 

まとめ

工具の魅力をふんだんに伝えるミュージアムから、臨場感たっぷりの工場見学まで、KTCさんの工具へかける情熱がたっぷりあふれた取材でした。

 

どこまでもユーザーに寄り添い、常にユーザー目線のものづくりを続けるKTCさん。普段目にしている工具でも、その裏側にはこのようなメーカーの情熱がこもっていたんですね。ユーザーの声に寄り添うことは、素晴らしいものづくりの第一歩。meviyもKTCに負けず、ユーザーの皆さんと二人三脚でよりよいサービスを提案していきます。

 

(ノオト / 神田 匠)

 

取材協力:京都機械工具株式会社(KTC)
https://ktc.co.jp/index.html

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